楓の色づく頃に

双極性障害。休職中。フレイロマンティックアセクシャル。ノンバイナリー。乙女向け、男性向け両刀オタク。

過眠とともに生きる仕事

年末から引き続き過眠です。

 

でも時々朝起きられるし、昼間は元気。

 

仕事を再開したのですが、続々お仕事が入ってます。

 

 

ヒーリングや霊視だけじゃなくて、今回は占い仕事も頂いてます。

 

どうしてだろうというくらい。

 

 

お陰様ですね。ありがたいことです。

 

 

家の更新費があって、結構カツカツで、お金が入ってくるのはほんとにありがたい。

仕事自体も楽しいです。

 

去年を振り返ってっみると、まだこの時期は鬱気味で、動けずにいました。

 

風邪も去年はよくひいた。

 

少しずつ調子が上がってきて、躁にならないように気をつけてます。

 

でも過眠だから、躁が出てもそんなに悪くはならないだろうな。

 

 

今年の目標は引っ越しです。

 

なかなか引っ越せてなくて、でも引っ越したくて、もやもやしてます。

 

まずは貯金をせねば、引っ越せないから、がんばる。

 

 

貯金はなかなか難しいけど、何か工夫が出来ないかなと思っています。

 

前にやってたゲーム風家計簿アプリでもやろうかな。

 

 

引っ越したら、また運気も変わってくると思うんだよね。

 

今のところも気に入って入居したけど、次もきっと良いところが見つかると思う。

 

色々がんばるぞー。

寝過ぎだけど楽しい日々

最近、寝る時間が後退しており、かつ12時間を軽く越える過眠になっております。

 

でも、起きている時は元気いっぱい。

 

ゲームを友だちと通話しながらやったり、通話グループに参加しているので、話したり、一緒に映画見たり。

 

あとはYou Tube見たり、ツイッターに色々メモ書き代わりに長文連ねたり。

 

掃除も割とマメにやってるかな。

 

あと服薬アラートアプリを導入しまして、これが、君が、薬を飲むまで、アラームを鳴らすのを、やめない!って勢いでやってくるので、薬の飲み忘れがゼロになりました。

 

睡眠は今は安定してないけど、服薬だけはいい感じです。

 

以前と違うのは、通話を社会的刺激として、意識的に取り入れていることですね。

 

皆優しくて涙が出るよ。

いい意味でのストレスになってます。これが大事。

 

人と話す時は、やはり最低限気配り、思考を巡らす、発言に注意するとかあるじゃないですか。

 

この軽いストレスを生活に取り入れるようになってから、かなり昼間のだるさややる気のなさが軽減しました。

 

ストレスを避けましょう。もちろんそうです。過度なストレスはよくない。

 

でも適度なストレスがないと、人は動かなくなることを身をもって経験したのです。

 

エネルギーが湧いてこないんですよ。

 

すると何かやらなきゃという焦燥感が湧いてきて、でもエネルギー不足で動けないという悪循環。

 

余計ストレス溜まります。

 

 

今年の夏前くらいからこの悪循環がすごーく気になってて、でもやる気ないから休んだほうがいいんじゃないかと思って安静にしてたんですよね。

 

まぁ、動けないままでして、ええ。

 

 

最初はグループに入っても、チャット飛ばしても反応がなかったり、そもそも通話する人がいないとかあったんですね。

 

でも、とりあえず気になるところに全部入ってみよう!ってしたら、いい感じに稼働してるグループにたどり着きまして。

 

今ではよく通話にいる人って認識されてると思います。

 

 

あとこのブログを読み返してて思ったのが、6年前に思っていたなりたい自分に今なっていることに気づきましたね。

 

自己肯定感を上げる。

自分に余裕を持って、しあわせになって、人の手助けができる。

本当にやりたいことをする。

 

全部叶ってます。

 

劣等感も今ではありません。

 

当時はすごく悩んでいたことでしたが、だんだんと出来るようになって、今では意識もしません。

 

すごいね。嬉しいね。

 

当時、自分のためにやっていたインナーチャイルドヒーリングを、数多く人様にやらせて頂いているのもありがたい。

 

人は変わるね。

 

変われるんだね。

 

 

すべては病気のおかげですよ。

 

病気がなければ自分とこんなに向き合うこともなかったし、病気があったから出会えた人がたくさんいる。

 

 

そんなしあわせな年末。

今年を振り返る

前回の更新が2月!!

 

それからどうだったかなぁ。

 

とりあえずパートナーには2月頃に振られて、体力ない状態でくすぶっていました。

 

メンタルの調子が悪いので、自宅には来ないで欲しいと言ったにも関わらず急に来訪され・・・すぐに帰ってもらいましたが。

 

それ以降、小さな物音にビクついたり、幻聴で自宅のチャイムが聞こえたり。

急性ストレス障害ってやつですかね。

 

変な手紙も元パートナーから来るし、精神攻撃に耐えられませんでした。

 

 

少し回復してきたかな?と思った8月に風邪を一ヶ月以上ひいて、そのまま毎年恒例の残暑の自律神経不調に。

ほてりと微熱が続く。

 

精神科の先生が一切薬を変えてくれないため、日中の調子の悪さからも抜けられずに転院。

 

漢方を貰ったり、眠剤を変えてもらいながら、メンタルはなんとか元気になってきた今日このごろ。

 

一番ひどかった時に安定剤一つすら出してもらえず、長引いた気がする。

 

 

今は過眠気味、かつ不規則ですが、起きている時はゲームをしたり、アニメを見たり、通話グループで話をしたり、配信したり。

 

と色々楽しく過ごしてます。

 

安定してます、おかげさまで。先生ありがとう。

 

 

自分のセクシャリティの棚卸しも11月いっぱいかけて行い、自分がアセクシャルであることを自覚。

 

ついでに新しい病院で調べた発達障害でグレー診断も受けるも、どうにもこうにも納得がいかず、ギフテッドを調べたら、これがピタリと当てはまるなんてこともありました。

 

IQテスト受けてないですが、IQも絶対じゃないですからね。

 

 

なんだかんだ前半は悪夢のような日々でしたが、後半は巻き返して色々楽しく過ごせた一年でしたとさ。

 

記録をしておく

ずいぶんと久しぶりになりました。

 

昨年からの現状を。

 

昨年の夏に躁転をして、秋から初めての大鬱を経験しました。

鬱を分けた時、発症、急性期、回復期前後期、リハビリ期、寛解、とするとします。

 

今は回復期の前期と後期の間くらい。

 

ざっと症状を並べます。

 

9月後半から躁から鬱に急落。

2ヶ月ほど1日20時間睡眠。

何も出来ず、辛くて空虚な気持ち。

まさに無。

寝てても小さな物音をきっかけに悪夢を見て、何も休まらない。

食べ物の味がよく分からない。

無感情。

 

12月に入り、少し動けるようになったけども自律神経失調症のような症状で苦しむ。

身体症状が主で、自律神経を整えるストレッチやマインドフルネス、睡眠記録を取る。

感情面は動かず。

体が動ける喜びから掃除をしすぎて、揺り戻しにあう。

 

1月くらいからメンタル不調発現。

体力低下を感じる。

自律神経様の不調はなくなる。

希死念慮や自責の念がどんどん湧いてくる。

睡眠時間は10時間くらい。

料理や買い物、家事などに取り組めるようになる。

生活リズムは整っており、昼間の眠気なし。

昼間はラジオを聴きながらひたすらアプリゲームをする。

その時に若干の楽しいという感情を少し感じる。

人と会ったり、話すのは苦痛。

まだ上手く笑えない。

 

1月中旬に睡眠時間が多いとのことで、眠前の抗不安薬を先生に抜かれ、反跳性不眠。

 

全く寝れないか、2-3時間しか続けて寝られない。

昼寝を試みるも30分程度。

 

不眠よりも精神的な不安感やイライラの方が辛い。

過去の日記を読み返したり、過去の辛さを紙に書き出す。

 

無料チャットカウンセリングにより、親への気持ちを整理するきっかけが出来て、少しスッキリ。

 

 

今は調子がいい瞬間を見つけてご飯をまとめて作ったり、買い物に行ったり、家事ができています。

 

頭もだいぶ回るようになって、抗不安薬も復活。

そういえば年末からめちゃ寒かったので、数年ぶりに湯船に浸かるようになりました。

 

一日に数回不安感や希死念慮は続いています。

ただ、日常の中に小さな楽しいことを散りばめているおかげか、メンタル不調を客観的、観察者のように見られるようになりました。

 

心の柔軟性が戻ってきた感じ。

 

友達とのやり取りが全くできませんでしたが、通話もできるように。

 

あと2ヶ月くらいでフラットになっていくんじゃないかなという予感。

 

 

ただねー、今のパートナーが発達障害ぽくて、カサンドラになりかけました。

すぐにメンタル疾患の友達と、発達障害当事者の友達に連絡を取って、事なきを得ました。

 

次から次へと( ̄▽ ̄;)

 

今後は発達障害カサンドラ症候群の勉強をしていきます。

 

 

イエス・キリストに会った話。

最近、瞑想を始めています。

 

で、目を塞いでそこに見える映像にフォーカスしようって瞑想があるんですが、そこで私はイエスさんとお話しました。

 

そこは河が流れていて、春のようなとても美しい場所でした。

 

そしてその河は私達の根底に流れている命、豊かさだと分かりました。

 

 

その河のほとりにイエスさんは座っていました。

 

想像していたのとは違って、ひげはすこしあるけど、頭は少しハゲていました(笑)

そしていろんなイメージ画とは違って、小太りでした。

 

「いつも見守ってくれてありがとうございます」

 

と私はイエスさんに言ったんですが、なんて答えてくれたのか忘れてしまいました(;´∀`)

 

 

そんなお話でした。

 

 

それともう一つ。

 

流れる美しい河。

 

時々逆流するんです。

 

それが自我に囚われている時の自分なのかなぁなんて思いました。

 

するとまた上流から下流へと流れていく。

 

このイメージを忘れないようにしたいなって思いました。

 

 

全ては自我のせい。

前回の続きっぽいですが。

 

『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』の中にこんな言葉がありました。

 

(前略)頑なな自我に目覚めが起こるために、最初に必要なものは何でしょうか?

自分に対する疑問です。自我にとっての自分、すなわち思考に対する疑問です。

(中略)

私たちは自我ーーー自分の信じていること、自分の考えていることーーー を疑うことなく、自分以外の人の考えはすべて間違いに感じられるのです。

          『「いまここ」にさとりを選択する生きかた

                              やまがみてるお著 より引用

 

ここを読んだとき「あっ( ゚д゚)」と思いました。

 

もしかして今まで出会って来た人の大半がこの「自分以外の人の考えはすべて間違い」だと思ってたんじゃないか、と。

 

そして自分自身もこの自我との同一化が起きていたのではないかと。

 

だから私が精神疾患になったときの上司も、私を潰そうとしてきたおばちゃんも、自分だけが正しいと思って、私に接してきたんじゃないか。

 

私が彼らを間違っていると思ったから、鏡のように映し出しただけなんじゃないだろうか。

 

 

そう考えると合点がいきます。

 

ただただ私が考えていることが具現化しただけだったんだ。

 

病気になったのは「私だけが正しいのに、どうして間違っているなんんていうの」という自己憐憫、悲劇のヒロイン状態が内に向かっていってしまったから。

 

 

なーんだって感じです。

 

ずっと精神疾患にさせられたことを恨んでたけど、みんな多かれ少なかれ自我の同一化が起きている。

私もそれに飲まれていたから、自然現象として、宇宙のルールに従って起きたことなんだと。

 

土に種を蒔き、それが芽となり、木になっていくような自然なことだったんだ。

 

 

そうしたら恨みがスッと消えて、自分が引き寄せたことだから仕方ないねって思えるようになりました。

 

 

 上京してから、日々の生活に精一杯で、スピリチュアルなことにあまり関心を持っていなかった。

 

そしたら自我の同一性、自我に振り回される自分になってたんだなぁ。

 

7年かけて、改めて自我に振り回される人生を歩んできたんだ。

 

それで今、自我を俯瞰出来るように練習しようと思っている。

 

そうすると自我はそれを拒否するんですよねぇ(;´∀`)

 

今も「私が正しい」だの「さとってもどうにもならない」って暴れてますw胸のあたりがもやもやしてます。

 

でもそれも見つめるだけ。いつかは自我が負ける時が来るのを知っているから。

 

それまで自我を見つめて、瞑想をして、本を読み返していきたいと思います。

 

 

本当の自分で生きたいから。

 

良いことを引き寄せていきたいから。

 

より心も物質も豊かになりたいから。

さとりをひらく

前世療法の本を読みました。

 

人生の法則: 3,000人の前世療法から明らかになった真実 一宇 ichiu 

https://www.amazon.co.jp/dp/B01LY9V8GG/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_hOdmCb2ZR21HE

 

で、読みながら私は何を果たしたくてこの世を選んだんだろうと思いました。

 

私が今まで傷つけられてきた人に共通するのが「自分が正しいと思っている」人。

 

じゃあ私は何をそこから学び、何の目的を持っているのだろうと考えました。

 

 

結論から言えば「あ、さとろう」って感じw

 

つまり自分の杓子でしか物を見ず、相手がそこから外れていればその人はバツであると思わない人になろうと思ってここに来たんじゃないか。

 

結構自分も自分の正義を振りかざす人間で、思い通りにならないことに一喜一憂したり、不幸ぶって人からの同情を買う人間なんですね。

 

そこを改めなさいよって言われているんだなーってなんとなくわかって。

 

 

で、長距離バスの中で買った本を読んで、さとりを実践していこうと思いました。

 

「いまここ」にさとりを選択する生きかた やまがみてるお 

https://www.amazon.co.jp/dp/B0739Y6LB6/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_wbemCbEJEFFQ7

 

この本では、自分は宇宙の中の氷山の一角でしかない、そのことに気付きながら生きることを目指していこうという趣旨のもの。

 

また、今までの学習から反応するのではなく、俯瞰して人生を生きようといったもの。

 

今までもこの手の本はたくさん読んできたのですが、病気になってから久々のスピリチュアル本だったので、いろいろウロコが落ちました。

 

そういえばキンドルに雲黒斎さんの本も入ってたな。それも読もう。

 

 

ずっと障害者年金と、就職のことが頭にこびりついていたんですよね。いまここを生きてなかった。

 

いまここを生きていないということは、思考に振り回されている状態。

 

そうじゃなくて、全ては表層意識の奥にある完璧なワンネス、神さまにお任せしていれば大丈夫なんだってこと。

 

それを思い出しました。

 

 

私がスピリチュアルにハマって、さとりの一瞥を経験していたのに、また前の状態に戻っていたんだなぁと気付きました。

 

阿部敏郎さんの本も買いました。届くの楽しみ。

 

いまここに任せていれば、どんなことでも上手くいく。

 

ただそれだけなんですよね。

 

その時その時を生きていれば、直感に従って生きてさえいれば、人生は辛いこと悲しいことはあれど、困ったことは起こらない。

 

すべてが○なんですね。

 

それに気づいたらふっと気持ちが楽になって、楽しくなりました。

 

楽しいって感情も大事で、楽しくやれることがその人のやるべきことなんですよ。

 

苦労はしてはいけない、とは斎藤一人さんの言葉ですが、楽しく生きる。

 

そこを目指して、今年は生きていきたいと思います。