楓の色づく頃に

双極性障害。AC。休職中。永遠のセクシャリティ迷子。乙女向け、男性向け両刀オタク。別名「麻崎(アサキ)ユメ」。

誰しもの隣にそれはいる。

(今回、くらーい感じになってしまいそうなので注意。希死念慮とか、出てくるから注意。ね。注意。)

 

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精神疾患は、ひたひたと死がそこにいるような、そんな疾患だと、ふと思った。

 

気付けば、そこにいるような、そんな存在感。

 

 

 

仕事で人の死を扱う者であった私は、何度も人の死を目の当たりにしたけれど、今ほど自分自身の近くに「それ」を感じることはなかった気がする。

 

 

高校生の頃、全てのことが上手くいかなくて、深夜金切り声を上げる両親への当て付けに、自室から何度も何度も飛び降りようとしていた。

 

でも、この高さでは死ねないな。

と思ってやめていた。

中途半端に生きて、余計苦しむことになって、より親と関わることを思えば、自分が大人になるのを待つのが得策だと思ったからだ。

 

そして一人、自傷行為に勤しんでいた。

死ぬためではなく、生きた心地がしない毎日を安心させるために、それは日々行われていた。

 

自分の血を見ることで、「まだ生きている」と感じられて、安心したのだ。

いつもいつも、生きた心地がしなかった。17歳、18歳。

 

あの頃から月日が経ち、15年ほど経ったんだろうか。

 

再び自傷欲が出ることが増えてしまった。

でも、当時と違うのは、大事な人が増えたということ。

 

泣かせたくない子が、大事な女(ヒト)がいるということ。

 

きっと恋人(今はいないけどさw)以上に愛してる彼女を思うと、自傷をして楽になることより、彼女を守ることのほうが大事なような気がして、ぐっと我慢することになる。

 

その時は少し辛いけれども、彼女を思うと何とかなる。

 

 

しかし、精神疾患の苦しみはなってみなければ分からないというか、本当にすぐ後ろに死が待ち構えているようで、恐ろしい、ぞっとする感じがする。

 

自分がまだ保てているうちは良いけれども、何かのきっかけでふっと、無意識に何かをしでかすのではないかと思うと恐ろしい。

 

何が恐ろしいかって、私の大事にしている彼女達の、これからの人生に重たく、消えない、大きな傷をつけてしまうことが恐ろしいのだ。

 

自分が消えてなくなってしまえば、その後はもう空になるのか、何なのか知らないけれど、そこで一旦終了するけれども、でも、残された彼女たちは?

 

彼女たちの人生は?

 

 

でも、それが私を支えてもいるんだと思い、感謝しかない。

 

親と離別し、戸籍も抜き、上京してから一度も会っていない今、私には家族はいないようなものだ。

 

その中で、浅い仕事上の付き合いしか自分に無かったらと思うと、本当に彼女たちという友達がいて良かったと思う。

 

ベタベタとした付き合いでは決してないのだけれど、自死を選ばせないストッパーとなっていることが、本当にありがたい。

 

 

双極性の鬱期がぼちぼち見えてきて、ちょっと怯えているのだけれど、それでも、死なずに生きていければいいと思う。

 

死ぬ時は、ちゃんと寿命だったと思うような死に方で死ねたら良いなと思う。

 

希死念慮が出てきたら、まず彼女たちに連絡を取ろうと、今まだ正気を保てている間に、こうしてここに記しておきたいと思った。