楓の色づく頃に

双極性障害。AC。休職中。永遠のセクシャリティ迷子。乙女向け、男性向け両刀オタク。別名「麻崎(アサキ)ユメ」。

私も仕分けられました。

博多華丸大吉の大吉さんが若手のネタのダメ出しをするライブに行ってきました。

 

今、自分が仕事に対してぶつかってる壁を壊されたような気分。

 

どんな仕事でも、他の人と差をつけるには、普通の人が「まぁいいか」と妥協してしまうところで、踏ん張ってこだわっていくしかないんだなとビシバシ感じました。

 

今の会社にはその会社しか知らない人ばかりなので、自分が出来る人に見えている。でも、私は前の会社の先輩の位置に立てているかと言ったら、全く立ててない。でも上から引き上げてくれるような先輩もいない。

周りからの評価の高さと、自分の中の「自分はそんなに評価されるような場所にはいない」という自己評価のギャップが辛くなっていて、でもなんとなく毎日を過ごしてしまって、ダメだよな、でも何から始めよう、とモヤモヤしていました。

 

自分だって改善しなくちゃいけないところだらけなのに、上司が専門性を欠いた人なので、自分が先に提案したり(それでもすぐには分かってもらえず、何人もの人を毎回巻き込まなくてはいけない)、他の専門家に相談したり、調べたり。部下に教える仕組みを作りたくても、上司はわかってくれないから、一人でやらなくてはいけない。

 

多分、それが結構辛いんだということも分かった。

ド素人集団の中で、孤独だったんだ。わかってくれない人に理解させるなんて、そんなめんどくさいことはしたくないし、私が努力してもやっぱり理解なんてできないことも多いしね。

 

その中で専門性を上げる必要はあるのか。余計、自分が他の仕事を背負い込むことになるんじゃないか。だったら最初から努力せず、今の場所でそこそこやっていけばいいんじゃないか。

 

そうして沢山手を抜くことを覚えてしまった。でもそんな自分が嫌いだった。ホントはもっと実力があるのに、それを出し惜しみして、仕事で全力が出せないから本気で楽しめない。楽しくない。中学生になっても、ひらがなドリルやってるようなものですから。ホントは高校受験用の漢字ドリルが欲しいのに、自分で「いらない」って遠ざけてた。

 

でも、大吉さんのほんのささいな所に注目して、そこをとことん研究して、勉強していく姿勢をストレートに感じて、「誰のための努力?」って思ったのです。「誰のための手抜き?」って。

 

誰かに評価されるため、または誰かに評価されないから。だから努力したり、手を抜いたりするんだろうか。

そうじゃなくて、これは自分自身、ズルしたり、手を抜きたくなる自分との戦いなんじゃないかって。そうして自分が納得して出すものなら、上司も「うちのサービスは良いものだ」と思って、営業にかけられるんじゃないか。より売れるんじゃないかって思ったのです。そうしたらみんながハッピーになるでしょって。

自分が周りを引き上げる。自分だって低いけど、でも5ミリずつでも良いから、少しずつ上がっていくしか道はない。簡単に上がれるようなところなら、簡単に下がってしまうから。芸能界も、他の仕事もそこは同じだと思う。

細かいところにいかに全力を注げるか。こだわれるか。泥臭い地道な努力を諦めずにできるか。

 

上司が引き上げてくれるんじゃなくて、自分が上司を上げてやる部下がいい部下だって、話に聞いてただけで、全然腑に落ちてなかったなーって。

そういうことだって。そういうところまで考えられるか、それともなぁなぁでやって、そこそこの働きをして、給料だけ貰ってれば満足なのかって。

 

まずは気持ちね。気持ちの部分から変えていく。今までの妥協して、見えなくなっていたところをきちんと気づいて、見える化する。

 

もう1年くらい?いや…今の会社に入ってからだな。

なんでもかんでも妥協してきたんだと思う。見ないふりをして、我慢している方が簡単だもん。

 

ここで苦しいけど光を当てて、自分の人生を1から組み直さないといけないかも。

 

ん?この状況ってどこかで見たことあるぞ、と思ったら、10年前なのね。

その時も物を捨てたら、少しずつ自分と向き合うエネルギーが湧いてきたんだっけ。

 

掃除の力ってこういうことだと思う。

 

そうだそうだ。断捨離とかミニマリストとか、流行になるのはいいけど、それに違和感を感じてたのはそういうところだ。

自分の周りの環境を整えるってのは辛いことだと思っているからね。見なくてもいいことまで見えるから。そこに向き合えないタイミングだったら、無理してやらなくても良いと自分は思ってるから。

 

成長することは楽しい。楽しいのは楽ちんだってことじゃない。苦しいことも含めて楽しめるかってこと。人のせいにして「できるフリ」をするんじゃなくて、「本当にできるようになる」と楽しい。

 

物が減れば、自分の頭で考えて工夫して暮らす、毎日のメンテナンスをきちんと行うっていう大変な作業が待っている。妥協せずに選別するという作業も、結構大変だ。

 

こういうのを人に言うと「あなたは強いから」って言われて、またやっぱり孤独で、苦しくなるけどね。自分の強さゆえに余計苦しくなることもあんのよw誰かに依存して平気だったら良かったけど、そうじゃないから。

 

また自立具合が増えたら、もっと孤独になるけど、でもそうして生まれてきたからね。仕方ないね。

 

心のなかでの親友として、又吉さんとか、大吉さんとかを思い浮かべながら(別に漱石でも芥川でも太宰でもいいんだけどw)がんばっていきたいと思います。

 

そういえばガラクタ捨て後の大学生の時は、素直に全力でバイトしてたもんなぁ。それで結果的に売上も妙に上がったりして。あの現象をまた起こすぞ。