※今回、記事が長くなりすぎましたので注意。
人に無意識に依存してしまう自分に気付いて、まだまだ手探り状態ながらも向き合ううちに、自分から出てくる怒りが正当なものであることに気付くようになりました。
アダルトチルドレンや機能不全家庭からの脱却の道は、これが普遍的なものかどうかは分かりませんが、少しずつ段階的に進んでいくのかもしれません。
まずは前回お話した劣等感の手放し。
次に正当な怒りが湧いてくる。
そして次に依存関係を築かなくても大丈夫になる、自尊心の回復と言うんでしょうか。今はここを目指して歩いてます。
ここまで一年かかりました。
この先にもまだ回復へのプロセスはあるんだろうか。
まだまだ見えないので、それ以上は書けないわ。
正当な怒りについて書こうと思ったんだけど、こっちの方が面白そうだな。
どのようなプロセスを経て、この自尊心の回復に取り組めるようにまでなったのか、言語化してみます。
その1 親との関係に限界を感じて逃げる
もう親と一緒に住むのは限界だ!と思って貯金を始めた頃、同性の恋人が出来て、勘当されて、すんなり物理的に縁が切れたので、私はラッキーだったと思います。
常に見張られているような居心地の悪さに、なるべく親がいる日は用事がなくても外に行くようにしていましたね。
その2 自分を責める
親を捨てた自分を責める。
その責める自分を誤魔化すために仕事や家事を一生懸命やってました。
でも、それが結果的に依存的な恋人をますます依存させていたことも知らずに…。
理不尽なことを言われても自分が悪いんじゃないかとすぐに思ってしまうという癖が強烈に出ていたように思います。
その3 自分の人間関係のパターンに気付く
劣等感を感じる、どんな人にも負い目を感じるパターンを繰り返し、それでよく寝込んで、更に仕事を休んで余計に自分を責めるという悪循環に気付いていきました。
そのパターンは1年続いたかな-。
そのループにようやく気付いて、恋人とも共依存状態になって「これはやばい!親との関係を繰り返しているだけだ!変えたい!」と気付いた時から、悪循環を断つ決心をしました。
その4 親への恨みや殺意を自覚する
色んな勉強を通して、自分を責めるこの思いグセは、もしかしたら親への怒りなのか?と頭で分かる段階です。
この時はまだそれでも自分に責任があるんじゃないかという思いと並行しています。
その5 パンドラの箱を開ける
前回書いた件。
自分や他人に向かっていたイライラや重たい気持ちは、全て親に対して向けてはいけないと抑圧していた怒りだと分かり、それをひたすら吐き出していきました。
紙に書いたり、クッション殴ったり。
その6 劣等感を手放す
これは前段階の「結果」です。
劣等感を手放そうとしてもダメだったけど、怒りを出しきったら、自然と手放せていました。
その7 人に依存されていることに気付く
これで恋人との関係が上手くいくようになるはず!と思ったんですけど。
劣等感は感じなくなったため、自分がやってて楽しいことに向かおうとした時に恋人が足を引っ張ってきましてね。
それは依存だよと言っても聞く耳持たず、「貴方は全然私を愛してくれてない」とひたすら責められて。
仕事がめっちゃ忙しくても会うことを強要されたり、遠回しに「私は用事がないけど、貴方は忙しそうね(だから構ってくれない貴方が悪い)」みたいな要求にうんざりしてました。自分の母親にそれをやられて怒ってる時に「貴方も同じことしてるじゃん」と冷ややかに思ってました。要求に応えてみようとしても、結局は相手は満足しないもんな、自分で自分を変えない限り無理なのに…と思ってました。
「ああ、依存されてるな-、これどうしよう」って冷静に見ている自分がいましたね。
その8 正当な怒りを持つ
ありがたいことに相手の方から距離を取ってくれました。
そして出てくる出てくる怒りがwそれはさすがに身近な人に犠牲になって頂いて、話を聞いてもらいまくりました。
20代なのに白髪が出て、髪も抜けてきて、仕事が忙しくて忙しくて仕方のない時に「こうして会えない時間があると、心も離れていくかも…なんてね」みたいなストレートじゃないかまってちゃんメールとか来て、すごくむかつく!とか。こっちが合間をぬって会いに行けばずっと寝ているとか。でもそこで怒りをぶつければ、また自己正当化してこちらを責めるだろうからと、諦めてしまいました。
まだ怒ってますよ私はwでも、以前との怒りのように自分の中で悶々とするとか、理由もなくモヤモヤして煮え切らないという怒り方ではないってことに気付きました。
しっかりとした因果があって、相手が自分の都合しか考えていないという不正というのか、不誠実さへの怒り。存在への恨みではないところがポイントでした。
行為に対して怒っているだけで、相手自信を嫌いなわけじゃない。
だから怒っていても、モヤモヤしないんです。メラメラ燃えて気持ちいいくらい。
その9 人に嫌われても大丈夫だと思う
また別の話ですが、そうして依存してきた恋人への正当な怒りを出しきったら、仕事上で依存してくる相手から嫌われましたw
でも、その人は皆のことを嫌っていて、だから自分が可哀想でしょ?と相手からパワーを得ようとするモンスターだったので、最初はちょっと怯みましたが、しっかりとその嫌われた事実を受け止めることが出来ました。
その人のことは私は別に好きでも嫌いでもありません。ただアダルトチルドレンをこじらせるとこうなるんだなと勉強させて貰って、感謝しています。
そしてその人が依存という同じ波長を持った人を取り込む様子、自尊心をしっかり持った人を嫌う様子などがはっきり見えるようになりました。
周りの人間関係がクリアに見えるようになって、これ私の視力が突然良くなってもおかしくないなって感じです。
その10 人間関係が様変わりする(一瞬孤独になる)
前のとこで書いちゃった。今まで仲良くしてた人から嫌われるようになりました。
そして良い人だと思っていた人が、ただ依存して、周りに良い顔をしているだけの人だったことにも気付きました。私も未だにそうですが、自覚があることで、少し楽です。
そして依存型の人間に迎合している人を、良い人だよね-!と気付かない人たちと波長が合わなくなっちゃって寂しいです。
きっとこれから、周りから悪く言われることも増えるんだろうなと思ってます。良い人になろうとするのをやめつつあるから。相手に無理に合わせることよりも、自分らしくいることに重きを置いているので。図々しくなるかも、これからの自分。
そしてこれからの自分予想
怒りも我侭も、過剰なまでのこだわりも、周りの目を気にして押し込んできた自分らしさを色々出していくと思います。
同時に小さい時にあった相手に共感して、しすぎちゃうくらいの優しさを取り戻せると良いなと思います。感受性の高さっていうのかな。それを押し込めないと生きづらいくらい理不尽なところにいたからね。
本来の悪いところも良いところも出して、そこを好きになってくれる人を探します。
良い子ちゃんやめます。
過去の価値観が出てきたら、また手放していきます。
そして、未来。
「こうすべき」「ああすべき」「これが常識だ」と縛り合う世界から離脱します。
「あれもいい」「これもいい」「自分らしくあれ」という価値観が根底に流れるコミュニティに所属することが出来ます。
私は既存の価値観にハマらない人が沢山いる世界で生きていきます。魔法が使える人がいたりもします。それを普通に受け入れちゃう世界です。
もしかして、これをアセンションっていうのかな?そうかもしれない。
未来は楽しみ。
でもあんまり未来とか過去とかって価値観すら無くなってきてます。
いまここにいる自分に、全てが引き寄せられてくる感覚。
あ、これはまた別の記事にしようかな。
長かった…読んだ方はお疲れ様でした。