楓の色づく頃に

双極性障害。AC。休職中。永遠のセクシャリティ迷子。乙女向け、男性向け両刀オタク。別名「麻崎(アサキ)ユメ」。

例の事件で思い出したこと。

5才児が殺された事件で思い出したことがありました、かえでです。

 

トラウマある方は回れ右でお願いします。

 

 

うちの父親は普段は優しいけど、酒を呑むと暴れるタイプの人間で、いつブチギレるか分からない人でした。

 

何個グラスやお皿が割れたか分からないし、壁にも穴が開いていました。

 

手は出さなかったし、母親に怒りをぶつけていたけど、小さい子供からすれば十分あれは精神的虐待だったと思います。

 

20歳過ぎて父親に「あなたから殴られたことはなかったけど、深夜に大声を出されたり、食事中にいきなりキレることは、私にとっては十分な虐待だったと思っている」と伝えたことがあります。

 

だいぶショックを受けていたようですが、自業自得だと思っています。

 

 

小学校2年生くらいのとき、父親のブチギレが酷かった時、母親が離婚を考えているという話を聞いて、兄(その頃はまだ私と仲が良かった)が手紙を親に書くというので一緒に書いたこと、それを今回の事件のニュースを見て思い出しました。

 

皆あのニュースを見て、かわいそうとか、泣いたとかの感想が多かったんだけど、私は全然そういう感情は湧いてきませんでした。

 

「ああ、そういえば私も同じようなことをしたな」と思い出しただけです。

フラッシュバックも起きませんでした。大人になってからだいぶ、昔のことを思い出して、噛み締めて、飲み下したからかな。

 

 

本当に愛情があるのは、親の方ではなく、子供です。

 

子供から親への愛情が無条件の愛です。

 

父親からは妻代わりの愛情を得る対象だったり、母親からは精神的なサンドバッグにされていました。

 

私はそういう環境で育ちました。

 

 

私が中高の頃は、父親は家に寄り付かなくなり、兄と母親は依存しあって、私の陰口を叩くようになりました。

 

その頃のトラウマで、会社にいた頃、誰かが遠くで話していると「自分を悪く言っているのではないか」との被害妄想がありました。

 

病気を発症してからは特に顕著でした。

 

今もそれは残っているので、その部分は、これから癒していく課題かなと思っています。

 

 

親から受けたトラウマは根深いもので、そういう事件を耳にすると、また新しく思い出すことがあったりして、また一歩前に進めるなって思えます。

 

その時どんな気持ちだったのか、本当はどうして欲しかったのか、その黒い部分を見つめることで、そのトラウマは消えていきます。

 

カウンセラーさんを利用することもあるけど、私はだいたい自分を睡眠状態にして、その頃のことを追体験して、感情をどばどば出して、思いグセや認知のゆがみを取ることが多いです。

 

普通の真似しないでね、危ないからw

私は特別な訓練を受けていますw

 

 

あのニュースを見てかわいそうとか、悲しいとか、ひどいって思える人は幸せな家庭で育った人なのかなと思いました。

 

親は子供が可愛いのが当然というのも、仕事してたときにおばちゃん社員によく言われていましたが、そういう家庭ばかりではないんだけどなぁと思って聞いていました。

 

あのニュースを見て、私が思ったのは、もっと早くに母親に「離婚してもいいんだよ」って言ってあげるべきだったなってことです。

私を追い出してすぐ離婚したから、ああ良かったねとは思ったんですけど。

 

実際良かったねって母親には言いましたw

 

きっと私が家を出てからも、母親へのブチギレは治らなかったのでしょう。

 

 

一家離散という状況にはなってしまいましたが、私はこれで良いと思っています。

 

お互い干渉しない距離で、平和を保てる距離。

 

それが今の私の家族の状況です。

 

今がしあわせだから、このまま平和でいられたらいいなって思います。

主治医が変わりました。

最近ちょっと不安定です、かえでです。

 

主治医はまさかの女医さん。しかも院長。

 

さくっと終わるタイプのサバサバした診療でした。

 

うーん。三回くらい見てもらわないとまだ分からないよね。

 

ちょっと冷たくも感じました。

 

年金の話とかも相談できるのかなぁ。

 

まぁ、まだ1年近くあるからそこは見極めて行こうと思います。

 

 

でも処方は的確な感じです。

 

おくすり貰えるだけで、仕事のことはカウンセラーさんに相談ってパターンになるかな。

 

それでもいっか。使い分け。

 

とりあえず先生は悪くない感じでほっとしました。

主治医、病院辞めるってよ。

ということで、来月くらいに主治医が変わるらしいです。

 

どうしても一番辛かった時に診てくれていた先生なので、家帰ってメソメソしてました(´;ω;`)

 

でもこれから仕事を始めるから、曜日も変えてもらわなきゃー、むしろ職場近くの系列店の方が遅くまでやってるからそっちに移れたら良いなーなんて思っていたので、そういう時期なんだと思います。

 

今の私はツイキャスにお熱でw図書館通いはサボリ気味なんですが、先生がいなくてもちゃんとしなきゃって思えるようになりました。

 

うん、タイミングなんだろうな。

 

うちの家庭環境も付かず離れずの良い距離感で理解してくれた先生なので、とてもとても惜しいんですけれども。

 

でもそれこそツイキャスで自分の好きな動画見ながらヾ(*´∀`*)ノキャッキャしてたら、元気出てきた。

 

 

人と触れ合うと癒やされるんですよねー。

 

ありがたいありがたい。

 

凹んだけど、回復も早くて嬉しいね。

 

だから私は接客業をやっていたんだよなー、そういえば。

 

今は事務とかが体力的に合ってると思うけど、また接客業に戻れたらいいなって思います。

 

 

21歳くらいからずっと接客業だったからね。10年以上だもん。

 

言葉に出来ない思いを代弁して、相手を安心させることが私の得意なことだから。

 

それだけは続けていきたいなって思います。

 

今すぐじゃなくてもね。

 

 

それまでは生き抜いていきたいと想います。

 

明るい精神疾患者と名乗ろうw

 

友達がよく「明るい不登校」と言っていたので、彼女と今は立場が逆になってますが、そうやって持ちつ持たれつ生きていければなと思いますよ。

芽の出る頃はなんとやら。

なんだか低空飛行なかえでです。

 

図書館通いもちょっとサボり中。

 

たまに行っては3~4時間勉強することは出来るのですが、なんだかぐったりして動けないこともしばしば。

 

なんだかね、そんなときもあるわね。

 

 

今ハマっているのはNANAというマンガ。

 

電子書籍で買っていた13巻までを読み終わってしまったので、またちまちま買い始めています。

 

未完で、途中で連載休止中なんですけどね。

 

これは終わることがあるんだろうか。

 

 

天気が安定してきたら、また元気が出ると思うので、それまではぼちぼちと行きたいと思います。

 

波があっても、あまりそれに反せず、少しだけ頑張って動いて、乗り切るしかないのかもね。

 

でもガクンっと落ちているわけじゃないので、そこは前とは違いますね。ありがたい。

 

辞める。

上司に辞意のメールをしました。

 

うわー、返信が怖いよー・゚・(ノД`)・゚・

 

でも辞めると思われてただろうし、そんなことを上司自身も言ってたから「ああ、やっぱりね」って感じだろうけど、それでも苦手じゃー。

 

前の会社も言い出すまでがすごいドキドキして、恋人に別れを切り出すのと同じような緊張がありますw

 

まだ鬱が酷くて、主治医からも勧められてって一応書いておいた。

嘘だけど。もうリワーク活動してるし、調子良いし、眠れるようになってきたし、先生からは「どうしたい?」って聞かれただけだったけど。

 

今の上司になってから割とずっと辛くて、でも私のちょっと先輩(すごい年上で大好きな人)がいるから、彼を見送るまではいようと思って頑張ってたんですよ。

 

その人も昨年末退職されたので、タイミングとしてはとても良いし、思い残すことがない。

 

 

次の職場は派遣なんですけど、友達が「ぜひあなたに来て欲しい!」って言われているところで、求められているということがすごく嬉しくて。

 

3歳くらいからの幼馴染で、病気のことも理解しようとしてくれる優しい人。

 

彼女がいれば、病気について会社に対してはクローズでも、理解者がいるってことで気持ちが軽くなると思う。

 

 

今の会社に、お客さんには私を求められていても、上司達には求められてないってずっと感じてて、それも双極発症の引き金だったと思う。

 

上司の上司にも扱いにくいみたいな態度を取られてたからなー。運動会系じゃなくて、私は完全に文化系なので、会社の色にも全然合わない。

 

入った頃は若さで乗り切れたことも、今はもう気合でどうにかするってのは無理になったんだなと思います。

 

これからは自分を大切にしながら働けたら良いな。

 

ありがたいことに、私は3月くらいから安定期に入ることが多いので、次のところは半年くらいはちゃんと働けるんじゃないかなと思ってます。鬱になったら、その時考えよう、うん。

 

これから好転していくと思う。

 

きっと大丈夫。自分を信じてる。それに気付かせてくれたのは、周りにいる友人だった。ありがとう。

 

ほんと、人に恵まれているな、自分。

病気になって出来ることが沢山増えた話。

苦手だったことから嬉しいことまで、色々あるなー。かえでです。

 

 

病気になって出来て一番うれしかったのは、こんなに長い間、お休み出来ているということ。

 

時々暇を持て余して「うううう…(´pωq`)」ってなることも多々あったんだけどw

 

沢山大好きなアニメを見たり、ただただぼんやりしたり、ゆっくりお散歩したり、カフェでまったりしたり。

 

何かに追われるわけでもなく、のんびり過ごすことが出来るって、社会人になってからって出来ないことですよね。

 

それが出来るってすごいこと。友達にも羨ましがられますw

 

 

それと、人に頼るのに躊躇がなくなったこと。

 

これはでかい。

 

私はこれは苦手分野なのですが、むりくり仕事してた時も「調子悪いから代わりに出てー」とか「この仕事引き継いで貰っていいー?」とか、どんどん周りに任せてました。

 

だって出来ないもん。そうせざるを得なくなって、仕方なくって感じでしたが、少し慣れました。

 

病院に行って、先生にも気になることは臆せず聞けるようになったし、友達にも色々助けて貰ってる。寂しいからご飯行こー!とか。

 

 

あとは仕事を辞めるきっかけが出来たこと。

 

これも超でかい。まだ会社には言ってないけど、先生には言って、了承取ってます。

 

適当にNOと言えないような感じで切り出すつもり。

 

もうあそこに戻らなくて良いんだって思えたら、気持ちが晴れ晴れして、とても清々しい。

 

私物も重要なものは休職した時に大体持って帰ってきたから、行かずに済むようにしたいなぁ。

 

私、就活が上手く行かなかった就活生で、大学卒業して夏頃に仕方なく今の業界に入ったって感じなんですよ。

 

入ってみたらそれなりに楽しかったけど、でもずっとこのままで良いのかなって3年くらい思ってたんです。上司も嫌いだったし。

 

どうやら自分にはもっと高度なことが出来るはずなのに、何でこんなところにいるんだろう、もっと出来ることがあるんじゃないかって心の奥底で思ってたみたい。

 

だって普通に仕事出来るだけで「優秀」とか言われちゃう業界なんです。それだけ人材が酷いというか、何というか。

 

次狙っているところがあって、そこ自体は仕事が楽だよと言われて入ろうかなって思っているんですが、そこを足がかりにして、自分の得意を活かす仕事を見つけていきたいなって思っているところです。

 

 

病気ってすごいですね。

いろいろなことが出来るようになったり、今までの停滞を打破するきっかけになったり。

 

私、双極性障害で良かったって思いました。

 

なって良かったなーって。しんどい時もあったし、沢山泣いたし、不安にもなったけど、今はフラットになって、良い先生にも当たって。

 

ずっと立ち止まっていた自分が、病気のおかげでようやく歩き出せるような、そんな予感がします。

 

きっとよくなるよ。大丈夫だよ。

私は母を救うために心の病気になった。

本を読んで、気持ちが軽くなったのです、かえでです。

  

『子は親を救うために「心の病」になる』という本です。

 

 

この本の中で摂食障害の娘を持つ母親が出てきます。

 

私も小さい時から拒食と過食をゆるく繰り返しています。何かストレスがあると食事に出やすいタイプです。

 

摂食障害は表面的には「ダイエットを目的に下剤を使い始めたらエスカレートして拒食と過食を繰り返す」なんて言われてますが、私は違うなーと思ってました。

 

愛情が欲しくて過食して、誰かに依存されて我慢して拒食してる感じ。今は過食したり拒食したり。

 

この本の中でも拒食は「我慢」であると書かれていました。

 

 

私は家を出てから一度も母親に会ってないので分からないですが、私に対して罪悪感を持っているんじゃないかなとずっと思っていました。

 

母親が自分が小さい時に自分を見てくれない、自分は我慢しなくちゃいけない、良い子でいなくちゃいけない。その我慢が拒食へと繋がる。

 

拒食は生命に関わることですから、最大の「我慢」なんですって。

 

ああ、私のことだなと読んでて思って、涙が出てきました。

 

 

私の母親は、祖母になろうとしていました。

 

祖母は東京の下町育ちで、両親を戦争で亡くし、兄弟達を母親代わりに育てたすごい強い人だったそうです。

 

祖父が娘に理不尽なことを言うと、それに立ち向かっていくような気の強さがあったそうです。

 

私も割と祖母に似ていて、気が強くて、屈しないタイプですが、母親は強いタイプではないのです。

 

でも強くあろうとした。我慢の連続だったようです。結婚してからもそれは変わらなかった。

 

そんな自分らしくいない母親を救うために、私も同じように我慢をしていました。

 

母親には甘えられない。我慢しなくちゃ。その私の気持ちが小学校低学年くらいに拒食として表れてしまいました。

 

小学校高学年になって母親が仕事に出始めた頃には、より一緒にいられない時間が増えて過食をしていました。

愛情が欲しくて。

 

 

でも、この本の中で子供が我慢をしたから、2人は生き延びてこれたんだよって話があって、また涙。

 

そうか、私は母親を救うために、母親から酷いことをされたり、我慢したりしてきたんだなって。

 

偉かったじゃん、私って、って。

 

苦しかったけど、母親を支えてきたんじゃん、って。

 

 

本を読んでて、救われた気持ちになりました。

 

こないだ読んだ時は共感はしたけど、ここまで心に刺さらなかった。

 

なんだろう、タイミングかな。

 

最近、過食と拒食を繰り返してて、おかしいなって思ってたから。

 

 

これからいっぱい自分を褒めたいと思います。

 

で、もう犠牲になる必要はないんだよって言ってあげたい。

 

もう顔色を伺わなくちゃいけない人は側にいないから、大丈夫だよって。

 

あっちもあっちで離婚して、地元に戻って楽しくやってるだろうから。大丈夫。

 

 

これに気付いて、ゆるい摂食障害が治ることを祈ります。