楓の色づく頃に

セクシャリティ迷子。福祉職。ときメモGS3プレイ中。オタク度上がり中。糖質制限MEC食実践中。

いつでも仕事を辞められる状態にしておきたい。

最後の更新が11月と聞いて、そういえばここ3ヶ月、馬車馬のように働いて(でももちろん趣味も犠牲にせず)いたのだなぁとしみじみと致しました。

 

現場が新人ばかりになってしまって、でも仕事自体も忙しいけれど効率化を図っているおかげか実にスムーズに終わるので、結構楽しい感じです。

忙しいのでコミュニケーションが足りず、結果人間関係ストレスフリーな感じ。組織的にはとてもよくない状況に陥っているので、そろそろテコ入れしないといけないけれどw上司以外とはちょこちょこ話してるからまだいいか。

 

どんなに忙しくても、雑談しないと組織はダメです。人同士の暗黙の了解が通じなくなって、余計情報伝達に時間がかかって、より時間がかかるようになります。昼休みに黙りこくってる上司はあかんですよ、もちろん本人のメンタル的にも。

5秒の雑談や冗談をちょいちょい入れておくだけで、組織の潤滑油となりますからね。そこは男性は苦手ですな。前の上司はそこをちゃんと意識的にやっていたので、相性の悪い社員がいても、大きなトラブルなく回ってた気がする。風がちゃんと通ってた。

プライベートの話をするのって結構重要なんですよねぇ。

 

まぁ「給料を上げるために客を増やせ」なんて誰の心にも響かない(私関係ないしw)ことを言って、周りをしらけさせちゃうような人ですからね。多分そうやって上から言われてるんだろうけど。お金のために働く人がいるかどうか見極めてからそういうこと言えよと思うわ。低賃金でもなお今の職場にいるってことから推測して、皆の働きがいがどこにあるか考えろってんだ。

 

商売も組織運営も、ニーズのあるところにお金や労力は集まるんだなって日々勉強させて頂いています。なかなか難しいけど、自分もニーズに合ったものが提供出来るように頑張ります。今のところ他社員からはお褒めの言葉を頂いているので、それを出来る社員を増やすのが私の役割だろうな。30代はプレイヤーの能力だけではなく、マネジメント能力も伸ばして行きたいです。

 

 

枕だけで800字いってしまったなw

 

本題は、今のところは正社員じゃないこと以外に不満はないんですけど、でも正社員で身動き取れなくなるくらいなら今のままでも良いという思いもあり。

どっちにしろ辞める方向では動いておいて損はないなと思ってまして。

 

今エクセルの簡単な関数を使った表とかを私が1から作って現場で使っているんですけど、エクセルを使える人が現場にいないので、もし自分が辞める時に引き継げる人がいないという問題があります。

あと色々こまごました仕事を自分が気付いた時にやっているのですが、それは別に私がやると決まっている仕事ではないんですよね。でも私が辞めたら多分誰もやらない気がするので(一緒にやってる子も辞めちゃうし)、そこを文書化しておかねばと思うのです。

 

そこの準備をしっかりしておかないとと思いつつも、日々の仕事を捌いている間に忘れてしまうので、メモしておこうという記事。

 

パソコンが使えないって不便ですねぇ。不便ですよ。パソコンが関係ないと思えるような福祉職の方でも、ぜひともMOSくらい取っておいて良いと思う。あとパソコン検定も。マイクロソフトオフィススペシャリスト、略してMOSはエクセルワードの機能の試験で、パソコン検定は主に関数を使った表などの使い方検定です。

てかエクセル使える人入って欲しいww

 

引き継ぎの時は今関数でピックアップして自動入力しているものを、全部手打ち出来るようにダウングレードしなくてはならない。その雛形を作っておこう。

前任者がそうやってて、ひっくり返るかと思いましたよwそんなことパソコンにやらせなさいよとw

 

私もあんまり得意ではないんですよ。もっとパソコンが好きだったらパソコン関係の仕事って道もあったのかなぁ。でも夜が弱いから今が合ってるんだろうなぁ。

 

でも機能を一通り知っていると「パソコンでこういうことをしたい」と思って、検索して、実装するという流れが実現出来る。

でも何が分からないか分からない状態だと、連続データをいちいち手打ちしなくちゃいけなくなったりする。で、時間がかかる。時間がかかれば他の仕事が出来なくなる。出来なくなれば他の人の仕事も手伝えない。コミュニケーションも減ってしまう。余裕がなくなる。で、冒頭の話に繋がっていく。

 

前の社員の子が、毎月お客さんに配る表を全部手打ちでやって、3日くらいかかってたんですね。何度「私がやるよ」と言っても聞き入れず、「時間かからない方法あるから聞いて」と言っても頑なに自己流でやろうとして。やっと上司の鶴の一声で自分に引き継いで貰ったら、3時間で終わるという。今は1時間半くらい。

バカバカしいでしょ、そんなの。で、少し小ネタ程度の技も伝授しておきました。逆に私からあげた仕事は効率化出来たみたいで、それは楽しかった。

 

で、その表の短時間化はどうやったのかというと、毎月表の内容は変わるけれど、全体の構成は変わらない表なので、エクセルのテンプレート機能を使って、且つ数字は一つ入れたら自動的に全部入るようにしただけです。で、文章は手打ち。機能を知っていれば、テンプレート機能使えば早いなって思いつくんですよね。

 

前任者はまず前月の表をコピーして、内容を全部消して、また一から入力してました。そりゃ時間かかるわ。

 

そっちの方はまぁ、テンプレート機能そのまま使って貰って大丈夫かなぁ。

 

でも説明書を作るのがめんどくさいんだよなぁ。わざわざスクショして、それに文章加えて。世にいるマニュアル製作者を尊敬しますよw

 

むー。でもダウングレードするなら、ファイルの場所だけ確保して、文書化しておけば大丈夫かな。むしろ細々した仕事の方もワードにまとめて一緒に入れておけばいいか。

うんうん。少し見えてきた。

 

 

最近の自分の仕事上のテーマは「はたらくとは”傍(はた)”を”楽(らく)”にする」です。使い古された言葉なんですけどね。自分の仕事はなるべく効率化して、減らして、楽をする。で、その余った時間を人のために使う。

去年はホント自分のためだけに効率化して、定時で帰ってって感じだったんですよ。趣味欲大爆発していたのもあるし。その反省を踏まえて。

 

趣味も犠牲にしないけど、他の社員も犠牲にしない。今年はバランスを取れるように成長出来たらいいな。

楽しいことを人生の中心に据えよう。

夏の自分は、仕事で色々悩んでいたみたいなんだけど、最近は吹っ切れて、むしろ調子良い感じですwどうも、生きてました。

 

たまたま見てたネット生放送で、過去10年の自分の価値観とぴったりなことを仰っている方がいて、興奮して久々にキーボードを叩いています。

その間に、アクセサリー作りにはすっかり飽きてwでもイラストはずっと描いてました。

 

そう、イラスト。イラストのために私は今生きています。生きる意味が表現することなんだって、小さい時は当たり前に思ってた価値観を、受験だ就職だで忘れかけていたんですけど、またもとに戻ってきました。

 

でも、このブログでもちょいちょい言ってましたね。

 

「人間は自分にとって楽しいことをしていれば、人生が上手く波に乗るように出来ている」

 

で、更にいえば、むしろこれからの社会「楽しいことにお金が集まっていく」と信じて、楽しそうな方向をずっと追いかけていました。その考え方の師匠は斎藤一人さんだったり、本田健さんだったりしますが、でもきっと自分の心が元から持ってる価値観なんだと思います。

 

でも、どうでしょう。私の職場はそうなんですが、「自分が何をしているときが楽しいか」を明確に意識している人はほぼいません。

これをしていれば、自分はなんとか生きていけると思えるような楽しいこと。そういうことがなくてどうしよう、探そう、としている人すらいません。

 

そうなると、職場という人生の中でごく限られた世界であるはずのものにすがるしかなくなるんですよね。視野がどうしても狭くなる。

そうなると保守的になる。失敗を避けるようになる。それを周りにも押し付ける。それに周りも巻き込まれる。暗くなるから病気になる。病気になるからお客さんも離れていく。

 

お金が回らなくなりますね。まぁ、当然のことです。

 

 

人はニコニコしてた方が良い。夏は自分、モチベーション下がってたみたいですけどね、いや、今も低いんですけどw

でも、とにかく周りの暗さは全面的に無視をして、時々イラッとすることもあるけれど、飄々と、マイペースに、フラットな気持ちで仕事が出来るようになりました。空気なんて読まない。ふんふーん♪って鼻歌歌いながら、自分ひとりで楽しくやってますw

空気読めない子に、空気読めないですよねって言われるくらいには空気読んでませんw相当社員同士ギスギスしてるらしいけど、私、全然知りません。首も突っ込まないし、裏で勝手に色々言われてても気にしてません。

だって、仕事は私の人生じゃないから。私は人生を楽しく生きてるだけ。今、ようやっと毎日楽しいです。

 

でも何故か機嫌よく仕事してると、私がいる日はトラブルもなくなって、結果、仕事が早く終わるので、周りがダラダラ残業してても、空気なんて読まずにさっさと帰ってます。で、周りからもあなたがいる時はトラブルないね、なんて言われたり。

 

で、早く帰って絵描いてます。

で、何故かお金ガンガン使ってるのに減りません。ちょっと減っても、また増える。

漫画だのアニメのDVDだの映画だ、美術館だ、美術書だーと好き勝手に買ってる感じなんですけどね。

 

でも、それはきっと楽しいことにお金を使ってるから。

金は天下のまわりものってこういうことだと思う。

楽しくお金を使ってると、お金の存在を忘れるんですよ。

で、気付けばお金が貯まっているという。あんなに貯金崩してたのに、気づいたらまた増えててビビりますよ。

 

多分、仕事でもストレスかからないか、もしくは家でやる趣味のことであっという間に昇華出来るからか、ストレス発散のための浪費がなくなるからかな。「自分へのご褒美」っていくらやっても満たされないから、どうしてももっともっとってお金がかさむんですよね。

 

絵を再開したのが今年の6月なんですけど、その前に「自分の好きなこと探し」ってのをやってたんですよ。

 

毎日のことに追われて、自分の心の感性が鈍ってる!危ない!って。1年以上前からだなぁ。恋人と別れてからかなぁ。

 

楽しそう!と思ったものには何も考えずにお金を使おうって意識してた時期があったんです。

素敵なお店っぽい!と思ったら、とりあえず入ってみたり。

気になる映画は見てみたり。

 

で、ときメモにハマって、本体、ソフトだけじゃなく、長時間疲れない椅子も買って、照明買って。で、キャラを絵描きたくてペイントソフト買ったり、PCのディスプレイ買ったり、設定資料集買ったり。

更にPCの調子が悪くなって、あと低スペックすぎて描きづらいから新しいデスクトップPC買ったり、アナログのつけペン一式買ってみたり。漫画読むためにちょっと良い電子書籍リーダー買ってみたり。

 

 

楽しいことに使うお金って、楽しいんです。当たり前。

でも、本当に心から楽しんでないのに消費されるお金って、楽しくないんです。これも当たり前。

 

これ、稼ぐときも一緒です。

 

ふんふーんって楽しい気分で稼いだお金って、大事に使うんです。楽しくないことに使うのもったいないなーってなっちゃう。

我慢して、苦しんで稼いだお金って、その苦しみを消したくて、自分の身の丈に合ってないような贅沢とか、人によく思われたいとか、そういう邪心が入るんですよ。

でも邪心で使うお金は楽しくない。高揚感はあっても、幸福感がない。だから余計欲しくなる。次こそは満足出来るんじゃないか、もっと使えばもっと幸せになるんじゃないかって。

 

残念ながら下心で使うお金では幸せになれない。どこかで、自分の中の本当の自分に嘘を付いているから。その嘘を、自分自身はちゃんと気づいているから。で、気付くと手元からお金が消えている。

 

 

お金関係の自己啓発本で、まずたいてい最初に出てくるのが「自分が心からワクワクすることをしよう」なんですけど、今自分がそれを実践して、実感してます。

 

しかもそのワクワクすることは、小さい時からやってた絵ってところが、まさに自己啓発本的。教科書的ですねw

 

 

そんなの見つからないって人は、見つかると思って探してみると、見つかる、と思うんですがどうでしょう。

私、きっと自分が心からワクワクすることがあるはずと思って、正確に言えば16歳くらいのときにはもう見失ってたんで、それからずっと探してた気がするんですよね。29歳で見つかりましたけど。13年って意外と短かった気がします。

で、探すプロセスも苦しかったけど楽しかった気がします。

 

ある時は演劇だったり、それこそアクセサリー作りもそのプロセスだった。学問にも一生懸命取り組んで、まぁそれなりに楽しかった。仕事にも心からのワクワクが見いだせるんじゃないかって猛烈に勉強しまくったこともあります。広告ライターのバイトもしたし、飲み物好きだから色々試してみたり。お酒も飲み比べとかして。

ピアノ再開もしてましたね、そういえば。あとスペースクリアリングしたり、スピリチュアルにハマってみたり、占い師したり、カウンセリングに行ってみたり。前世療法だの、オーラソーマだの、スリランカ仏教だの、神との対話だの・・・思いつく限りのことを試して、探してました。旅行や映画、小説、カフェ巡り。

見失ってるから人と会ってみよう、で長く付き合う友達も出来たりね。こうやって書いてみるとまさに迷走だなwあ、ヨガもやりましたね。ジョギングもしてみたり。あと1年見つからなかったら、多分フットサルチームに入って、ゴスペル習って、プログラミングやってたよ自分w

 

好きなことが見つかったら見つかったで、自分の絵が下手すぎてびっくりしてますwその分、苦しいですけど、その苦しさに揉まれるのがすごく楽しいんですよ。大変だけど、ワクワクする。一生かけてやってくんだから、これくらい下手なところから始めても、まぁ目が見えなくなるまでは少しは上達するでしょって感じですね。

絵を描いている時は、孤独も悲しみも怒りも、全てがモチーフになります。すごく心が安定する。仕事の苦しみもいっぱい味わいたいってなる。味わえば、また描けるものの幅が広がる!嬉しい!って、もう変態の域です。

 

もし高校生の時に自分は絵が好きだ!と気付いて、芸大か専門学校行ってたら、今みたいな色んな経験は積めなかったんじゃないかって思うんです。人と比べてばかりで、多分縮こまっておしまい。だって別に特別な絵の才能ないもん。上達も遅いしさ。

 

だから、自分の人生捨てたもんじゃないじゃんって。才能ないって分かってても、少しずつ努力出来る今の自分が形成されたこのプロセスって素敵やんって。

 

でも、人間は楽しんじゃいけない、仕事をちゃんとやらなきゃいけない、エリートにならないと、高学歴高収入じゃないと幸せになれない・・・なんて考え方に囚われてたら、こーんなに楽しい人生送れてなかったと思います。

 

それは根本のルール、価値観が違ってるから。

自分基準、つまり自分が何をしてたらしあわせか、自分の中から溢れるものに従うか、それとも親の世代の古臭い、20世紀的価値観に踊らされて自分を見失うか。

これからの社会、世界、この違いってでかいと思うんですよね。

って言っている人は、10年前は自己啓発とかスピリチュアルの世界の人たちだけだったんだけど、今は経済を回すような人たちが言い始めてるのが、すごく嬉しい。

 

大学生の時から、それだけは私も大事にしてました。

「単純作業、つまり辛い作業ってロボットや安い労働者に代えられる社会になるはず。

だったら人間にしか出来ない、人間にしか付けられない付加価値ってなんだろう?」って。「その付加価値を創造出来る人材であろう」って。で、その付加価値は楽しさ、だった。

 

なので介護職を始めた時に、まず身につけようと思った能力は介護技術ではなく、傾聴や人間力。自分と相手に素直になって接すること。嘘をつかないこと。相手の大切なものを認めること。安心を与える接し方。相手の気持ちいいツボを押す方法。人間の楽しい嬉しいってそこだよねって。自分を分かろうとしてくれる、自分の想いが伝わるって実感させてくれること。そこはロボットには出来ないねって。

数字にならない技術を身につけておけば、それが武器になる、と信じてやってきました。

今も結局、そこで仕事してるし、お客さんにそこがウケてるって感じてます。だからお客さんの方から助けて貰えるし、小さなミスくらいなら笑って許して貰える。贔屓されてるなって感じてます。職員からのウケは悪いかもしれないけどw

でも最低限の仕事を、素早く出来るように訓練してるので、文句は言われないから良いかなぁ。文句を付けられないように仕事はしてる。皆の取りこぼしを全部拾ってますから。そういう計算するずる賢い末っ子ってやーねw

 

でもここの部分は自分の課題。ビジネスライクすぎるんだよな、仕事の仕方。でも必要以上の残業って意味が見いだせないし、それやりだすと絶対自分が病むからやりませんけど。なんで一緒に暗くならなくちゃならないのだ。それを求めてくる上司の目線は見ないふりですw

でももっと良いやり方ないのかなぁ。うーん。

 

自分にとっての楽しい。それを追求していくことが重要。

会社は嫌いだし、上司もなんでわざわざ苦しむ方向に自ら行ってるのか理解不能だけど、仕事自体は楽しむ工夫を惜しみません。それでとりあえずは良しとしてます。

私の今の人生の中心は表現すること。それが結果的に何らかの形で世に出たら良いな、一緒に楽しんでくれる人がいたら良いな、仕事になったら良いなとは思ってますけど、別にそれは目的じゃあない。

 

今、絵を描くことを中心とした楽しみを、人生の第一優先として据えて、生きてみよう。そう決めたことで、今までのモヤモヤが嘘みたいに晴れて、孤独や貧乏すらも気にならなくなって、心が軽くなっています。

やっと私はここに来て、幸福な状態を知りました。もうそれで良いって思います。

このために生きている、と感じながら生きることがこんなにも楽しいなんて。

 

いつかこの幸福感がなくなるんじゃないか、とちょっと不安になります。不安になって、半年近く経つのに、でもまだしあわせなんですよねぇ。心が穏やかなんですわ。

 

いつか終わるのかもしれない。でも良いや。

終わるってことは、これもまたただのプロセスだっただけだってことだもの。それだったら全然怖くない。

 

楽しさの追求。

これが私のこれから当分の人生のテーマなのかもしれません。

キャリアを考える。

転職しようかなぁと色々見ていた時にふと思い出した、自分が仕事でやりたい第二のこと。

 

第一は人の人生を見る。

第二は人が変わる瞬間を見る。

 

それが私が一貫して学生バイト時代から求めてきたこと。

 

「人が変わる」の定義は、例えば接客業の時は、自分の接客で、落ち込んでいたお客様が少しほっと笑顔を見せてくれる瞬間。それが一つ。

もう一つは自分が変わり続けること。マズローさんぽく言えば、自己実現欲求に向かって、つまり今の仕事をよりよくしたいという気持ちを持って、自分を磨いていくということ。

最後に、人を育てるということ。

 

この中の2つ目、3つ目が今の職場では実現出来ない。それが私が今の職場が嫌いな理由。

 

2つ目に関しては、自分を磨いて、成長させて、その先に何にもないということ。

上司が見ていてくれないのはもちろん、承認欲求が満たされないという意味で不満。

それだけじゃなくて、自分だけが専門知識を付けたところで意味がないから。周りの専門知識をあげようにも、上司がそういう働きをすることが出来ないためか、また専門家としての自覚がないメンバーが多くて、組織自体が素人でしかない。最初の頃は全体の技術を上げないといけないって話を提案してたけど、もう方向性がとっちらかっちゃって修正不可能。

これは3つ目の人を育ているというところにも繋がっていて、上司が感性(思いつき、雰囲気)で仕事するもんだから、下も「そんな適当でいいんだー」で思考停止で仕事する癖が出来ている。

 

少しスッキリした。

自分を高めて、周りを育てていくという目的を、何とか今の職場で実現しようと何度も何度も試みたけど、やっぱりダメみたい。

そもそも自分の心が最悪な状態の時に出会った職場だもんな。今の自分とはもう合わなくなってきているのかもしれない。

 

でも新たな場所に適応するのってすごく苦手なんだ。

しかし自分の良さが全く発揮出来なければ、ズルズルいても意味がない。

 

まぁ単純に今までの上司に恵まれてたんだよなぁ。

生理的に合わないというか、相性が悪いっていうか、いちいちムカつくっていうか。感情論でしかないから、なんとかこっちから距離詰めようとしても、あっちは引くから、もうそれ以上入れないし。

子供なんだよなぁ。

 

あっ。昔いじめられたBBAも、昔の私に対してそういう感じだったのか!おおお。新たな課題が見えてきて楽しい。

でも糾弾して、家も恋人も奪うことないと思うw

 

環境を変えれば変わる事案なのか、それとも自分が変えていけることなのか考えてみよう。

でも今まで、大体環境変えれば上手くいくんだよなぁwで、一つ成長して、また上に登ってきた。

ちょっと継続して考えてみる。

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何のために仕事をしたいんだろうか。

ゲームプレイから、お絵描きの勉強をし始めて、更にアクセサリーづくりも着々と続いていたら、まただいぶ放置していましたw

 

そんな中、ふと仕事、キャリアで躓いて、苦しくなって、ちょっと今日壁にぶつかったみたいでメモメモ。

 

上司が変わって、素人になって、専門職としての自分のプライド、自信を保つのが難しくなって、その我慢がだいぶ溜まってきていて、苦しくなっています。

どうやら。

我慢強い人間なもので、なかなかどうしようもならないところまで来ないと自覚したり、整理出来ないので、倒れる前に認識しておかないと。

 

現場で自分は専門家として発言したり、仕事したり、連携を取ろうとしているんですが、あまりに素人が多くて、更に勉強意欲もない人間が上にいるものだから、とても苦しい。

業界、専門を全く知らない人間が上にいるものだから、社外に伝えたいことを伝えるのに精一杯。

そして職人肌のコツコツ、黙って穴をしっかり潰していくようなタイプの自分は、別部署の専門性の高い仕事が出来る人や、最近入った自分と同じくらいの経験値、知識量の新人からは認識されているけど、いかんせん上司には空気のような存在みたいです。

 

同じような理由で、同世代の内勤の女の子も病んでいるようで。我慢しちゃう族。会話がいつまで経っても通じなくて、ただ根性根性と昭和の日本企業みたいなことしか言わない。見てるところはとても浅くて、頑張る気力なんて出ようがない。

 

毎日モチベーションが下がって下がって。でももうどこが大事なんだよって説明はしたくない。十分した。しすぎるほどした。それを理解しようと歩み寄ってくれないなら。

 

もういいや。

 

諦めの境地に入ってしまったのを自分で感じてしまった。

 

そうしたら今週、急にメンタルががくっと落ちてしまいました。

ずっと止めていたデパスを再開。でも気休めなんですよね。根本に働きかけないと。

 

どうしても根性だの、上からの指示に従おうとする自分の頭で考えられない思考停止なところとか、努力だとか、そういったことに執着する割に、部下とのコミュニケーションはおざなり。何もかも馬鹿馬鹿しい。

 

最初はさ、アシスタント的な立場の子も、上司を立ててたけど、病んじゃったし。私もただただ最低限の仕事をするだけ。空回りしてるの気付いてないのかな。

 

苦しい。悲しい。苦しい。

 

でも、こうして苦しい時は、壁にぶつかった、つまり壁があるところまで歩いてきた証拠なんですよね。

こう、自分の皮が一皮むける前っていうか。

夜明け前が1番苦しいっていうか。

 

 

で、必死に考えて考えて。

 

他人の評価、認識。それがないと、社会性が満たされないと、人は病むと思うわけですよ。

自己実現の欲求を求めるタイプ、社会性を求めるタイプ、衣食住の充実を求めるタイプとかマズローって偉い人は言っていたけれど。

元々自分は自己実現欲求の強いタイプだけど、それでもやっぱり企業に身を置いているうちは社会性、客観的評価ってのを求めているんだ自分は、と発見。

前の会社の上司が、超ベテランで、女だから男だから、自分が付き合いやすいからそうじゃないからって評価をコロコロ変える人じゃなかった(当たり前だけど)ところが余計に苦しい。今の上司は(仕方ないけれど)経験の割にビジネス的な人付き合いが出来ない人だから。主観でしか見られない人だから。

 

そういうどうしようもない上司を持った時に、人はどうすれば良いんだろう。

 

で、また考えた。

 

とりあえず出来ない上司はどこにいっても売るほど(売りたいほどか?)いるはずだ。最低限が出来ない人間だって、役職がついてしまうのは仕方がない。

そんな縛りプレイなこの人間界において、じゃあ自分が仕事をする意味ってなに?私は仕事を通じて何をやりたいの?上司に評価されたいのか?それは二次的なもので目的じゃないはずだ。

 

そんな感じで、根源に向かって自分を掘っています。

仕事をし始めて丸5年。きっとね。きっと。キャリアを振り返らないと、「今までのルールで仕事をすること」が、限界に来てしまったんだと思ったわけです。

去年くらいなら、まだ今の上司に合わせてあげられたけど、それが出来なくなってきた。成長も鈍化してきたし、また成長を求めはじめたのかもしれない。

ズレてきてしまったんだと思うんだ。

 

我慢ならねぇ!ってなった時、人は行動するパワーを出すことが出来るし、残念ながら地球では行動することでしか物事が動かないようになっているわけで。

 

私が中学生くらいからずっと持っていた、仕事で実現したいことは「悲しかった人が何かのきっかけで少し気持ちが軽くなる瞬間を見ること」でした。なりたい職業がいくつ変わっても、それだけは変わらなかった。大学の時の長期バイトも、ひたすらそれに向かって動いてたし、だからこそ楽しかった。

今もそれはすごく楽しい。それに自分が携わらなくても構わない。その瞬間に立ち会えればそれでいい。

 

でも、その根源をもっと発展させたいのか、それとも求めるものが変わってしまったのか。

 

それは今はよく分からない。

 

人は楽しいと思える方へ進んでいけば、自然とうまくいくように出来ています。

今楽しくないってことは、楽しい方向へ進むための指針みたいなもの。

 

また楽しい方に戻れるように、考えたり動いたりしてみます。

設楽聖司ルート1週目終了。

途中でチェス勉強したり、ピアニストの動画見たり、辻井伸行くんのCD買ったりしながらどっぷりセイちゃんの世界に浸かりながらのエンドでした。

 

あとセイちゃんが着けていたペンダントがゴルフマーカーだと気付いた時の衝撃ね。まぁ、ただのシンプルなプレートペンダントかもしれないけど、でも形がまさに。もちろん購入致しました。バンビ卒業式のキャメル色のコート姿の時は着けてないんだけど。あれは何故だろう。忙しくなってなかなかゴルフに行けなくなったってことかな。

 

初回エンドでしたので、少しメモ書きをしておこうと思います。

呼び方が自分の中で確定しないので、聖司くんと統一しておきます。

 

芸術キャラは、まぁときメモ無印の片桐さんは嫌いではないし、GSでもクリスくんはすごく可愛いけれど、聖司くんに関しては自分自身が共感出来るという意味でも、萌えるという意味でもとても好きな部類に入るキャラクターでした。

 

DS時代にやった時は、どうだったかなぁ。その時はニーナが大大大好きだったので、あんまり覚えていませんが、大人になって、社会人になって、挫折に自分が向き合えるようになったおかげか、すごく好きになりました。

 

玉緒さんは、バンビちゃんにはすごく優しくて、大人に見えるのに、同級生に対しては歳相応の男の子の顔をするけれど、聖司くんは誰に対しても平等。

その一貫性と言いますか、ブレないところがとても良いなと。

 

あと素直にお礼を言ったり、謝罪の出来る育ちの良さを言葉の端々に感じるところにぐっと来ます。自分自身の育ちが悪いせいかw育ちの良い人とお付き合いしたり、両思いになることが多くてですね。恵まれているからこその余裕と、時に楽観的すぎる、自信過剰なところ、まぁ、そこが人によってはワガママになるのですが、聖司くんはそこに他人への配慮がしっかりとされているので嫌味にならない。

 

ああ、でも最初は結構、ワガママさが目につくところはあったかな。私は聖司くんとの初デートは必ず臨海公園と決めていまして。それはほぼほぼ初対面の人に対して雨からかばってくれる紳士的な部分と、自分が恥をかきたくないという利己的な部分を隠さずあらわにするギャップ、そこに人間らしさを感じるからかもしれません。

でも、その自分の嫌なところを素直に表に出せるっていうことは、ホントに恵まれている人だなと思いますね。変に隠そうとしたり、いい人ぶろうとすると、人は歪んでいくし、どこかで歪みが出てくるものだと思うので。確固たる自己肯定感がないと、なかなか他人に自分の嫌な部分を率直に出せないと思う。

 

実際、クリスマスイベント、告白と、今までのようにバンビに対して照れたり、意地悪そうにせず、かなり素直にまっすぐ向き合うようになったところが、それが出来るってところが、幼少期にきちんと肯定されて育ってきたからこその部分なのかなと思ったり。

 

自分がひねくれものだったり、理論武装して、向き合うことから逃避して今も生きているので、自分の黒い部分が聖司くんの光で少し浄化されましたw

 

1年目から一応吹奏楽部に所属しましたが、なかなか部活コマンドは実施出来ず。結局クラブマスターにもなれず、留学も出来ませんでした。魅力が上がらないんだもの。

二流大に進学したけれど、すぐに聖司くんはパリに飛んでしまって。一緒に来いと無茶ぶりをされて、あの後バンビはどうしたんだろうとモヤモヤw

そこは二周目で頑張ってクラブマスターになって、胸を張って同じ立場でパリに行きたいと思います。バンビちゃんもおうち大きいし、きっと全国大会に行くくらいだから負担も軽く、留学出来ると信じて。意外と小さい時に引っ越して~ってのがアメリカとかカナダとかかもしれない、と脳内補完すれば、自分の中で納得も行く。実は帰国子女という。

ブラジルで日本語にまみれて生活してた、とかでも良いかも。あそこは日系人多いし。英語はいまいち話せないけど帰国子女。うん。良い。

 

友好までがすごく長く感じたけれど、そこからが早かったー。どんどんスチルもADVも解放出来ました。こんなにスムーズにADVが揃ったのはすごいな。校内出歩きイベのヒートアップを揃えるのに少しだけ苦労したくらい。

 

あ、あと文化祭前の「吹奏楽以外」の下校会話を聞くってのも、わざわざ吹奏楽部を辞めて、会話聞いて、また前のセーブに戻ってってことをやりましたwすっかり忘れてたw

 

何故か、聖司くんに関してはADVをストーリーに沿って読みたくなったんです。これは新しい欲求でした。他の人のルートの時は、後でまとめて読めばいっか、と思ったんですけど。聖司くんに関しては、彼自身の気持ちの変化と共にストーリーが進んでいくため、都度、彼はどう感じていたのかを確認しながらやっていましたね。

小さい時はどうだったんだろう?と思って、海外のピアノコンクールに出ている子供の演奏をYouTubeに観に行ったり、その子に対する評判とかも調べながら、ホントに寄り道の多いプレイになりました。

 

あと、多分他の男の子の中で一番デートを沢山しました。これは不思議でした。素直に沢山色んなところに行きたいって思った。3回目のときめき会話も最多だったんじゃないかな。

 

自分自身も中学で、自分には出せない!勝てない!と思うようなピアノを弾く男の子に出会って、どんどん自信がなくなって、ピアノを辞めてしまったという経験があったせいか、聖司くんが苦悩する姿にヒヤヒヤメソメソしながらプレイしていました。どっちかっていうと、氷室先生の立場だけどねw才能はあったけれど、上手く育てられなくて、趣味で弾いてる、くらいの立場。

でも、ホントここ最近、自分もピアノを弾いて人に喜んで貰える機会が増えたことで、また再びピアノを弾けるようになってきたところだったので、バンビに出会えて良かったね、聖司くん!と温かい気持ちで見ておりました。弾けば弾くほどピアノが嫌いになって、でもずっとピアノを心から楽しんでいた時に戻りたいと思っていた。ピアノと仲直り出来たことは、私にとっても大きな人生のイベントだったから。その理解者が現れたようで、聖司くんに私も救われました。

 

コンクールのシーンでは、楽しげに弾く姿を見て、壁を乗り越えた人間は強くなっていくものだなぁとしみじみ。おっさんくさいかw

 

長く書きすぎた?w

 

今度は聖司くんの親友ルートが見たい!ちょっと抜けてるとことか、お馬鹿なところ、意外と超常現象が好きなところなど、色んな魅力があって、まだまだ聖司くんとはデートをしたいし、玉緒さんとのイベントも回収していきたいと思います。

 

まだまだ書きたいことは沢山ありますが、このへんで。

次どうしよっかなぁ。ヒゲ、かなぁ。

まだまだどっぷりGS3。

ときメモGS3ブームが終わらない。どうしよう。

 

すっかり設楽先輩にハマっておる。でも嵐さんの時は嵐さんだったし、どんなルートにいてもニーナにはちょっかい出すし。

もう、みんな俺の嫁。とりあえずメイン6人は嫁!

 

隠しルートは隠し、なだけあって、好き嫌いが分かれるみたいですね。

うん。苦手な子いるもんな、私も。

 

設楽さん、やばいっすね。

私も彼の影響でクラシックピアノ、再開準備中ですわ。

肩と指が痛くて、なかなか弾けないけども。

 

単純に共感しちゃう部分も多いからかな。

うちもお金持ちだったらな…でも、コンクールとかって性格ではないか、自分。好きな曲しか弾けないし。

 

中学生くらいが習う曲を、幼稚園児の時に耳コピでピアノで弾いていたような子供でした。

でも、やっぱり中学で自分より上手い人にいっぱい出会って、更に先生ともソリが合わなくて、受験を言い訳にピアノから逃げたクチです(^^;)

 

弾いてて楽しくなくなっちゃった。そして先生にキツく色々言われるうちに、大好きだった自分のピアノの音が大嫌いになった。今ならすごーく期待されてたんだってわかるけど、当時はただただいじめられているような気持ちだったよ。

その頃に受験もそうだけど、色々追い詰められて生きてきちゃったから、未だに精神的に不安定なのかもしれないと思う。上手く流して、コントロール出来るようになった分、ぐっと生きやすくはなっているけれど。

 

でも、設楽さんがバンビという存在で、またピアノに向きあおうと思ったように、私も設楽さんという存在で、またピアノに向かってみたくなった。スケールは天と地ほど違うけど、でもきっとあのいたたまれない気持ちとか、家族への後ろめたさとかは近いものがあると思うよ。

そう思わせるようなゲームを作るコナミさんって凄いなぁとしみじみ思う今日このごろ。

 

ショパンのバラード第一番なんてきっと弾けないけどw

でもショパンを弾きたくなった。子犬のワルツとかでもいいやwポロネーズとかも好きね。あんまり詳しくないけど。

 

で、設楽さんルートから派生して、昔から気になってた辻井さんの演奏にドハマりしました。元から大好きなんだけど、アルバム買ってしまったw

心をガンガン揺さぶられる。

 

同じ曲を色んな演奏家バージョンで聞くとすごく楽しい。

リストとかショパンは特に個性が出やすいから、めっちゃ楽しい。

 

同じ曲なのに何度でも聞ける人と、開始1分でもう聞いていられない!気持ち悪い!ってなる人がいて、その違いが上手く言語化出来ないけど、その感覚が楽しい。

 

絵画もそうですよね。私は岡本太郎さんとピカソが大好きで、同じ絵を見ようと思えば30分でも見られるけど、写実的なやつはさっぱり良さが分からなくて、リアルな絵画の好きな友達に良さを何度も聞いてみるけど、それでもよく分からない。

中学の時に教科書で見たゲルニカは、ホントにホントに衝撃的で、涙出たもんな。太郎さんも、涙なしには見られない。

 

技術とか、才能とか、もちろんそういう「凄さ」ってものは評価をするという機会には必要なんだと思うけど。

私には全般的にそういうものはあまり良く分からない。美人な友達が美人らしいんだけど、よく分からない。皆が言うほど、何か違うものがあるのかよく分からない。彼女のキャラクターや個性には惚れ込んでいるけれど、見た目がどうこうって感覚が私はぶっ壊れているみたいです。

 

ただ自分の心の動きが頼り。

だから歌が上手い、芝居が上手い、ピアノが上手い、絵が上手い。よく分かりません。下手と言われる人でも、自分の心が揺さぶられたら、その人は私にとって良い演者さんってことになります。

だからあんまりピアノも上達しないというか、自分の感覚でしか弾かないから、まぁ音は結構褒められることも多いんだけど、それがどういう意味での賞賛なのかもよく分かってない。プロ向きじゃないよね、これ。嫌いな曲はどうしても弾けないし。

 

そういう感覚で聖司さんを見てるので、きっと「有名だから」とか「イケメンだから」とかいう意味で聖司さんに近づいているわけではないから、うちのバンビを聖司さんは好いてくれるんじゃないかなと妄想で補完していますw

 

もう現実世界に戻れません。早く4D技術が進化して、ぜひGS3を超リアルな…なんていうんだっけ、頭につけて自分がその場にいるように感じるCG。ARとかなんとかってやつ。それで出して欲しいところ。そうすれば実質的に3次元に行けるってことだものね。あと10年位すれば実現するんじゃないかな、この早さだと。

楽しみだ。ぜひコナミさんも参入して下さい。

 

まだまだクリアする人、シチュ、いっぱいあるので、頑張ってGS3のために仕事しますwがんばるw

モヤモヤの乗り越え方。

20代までの自分のメンタルの整え方って、劣等感が強かったので、とにかく自分の考えを肯定的に捉えるってやり方をしてきました。

 

他人に合わせすぎて、自分が何をやりたいのか、どうしたいのかさっぱり分からないってことが主な悩みだった気がします。

 

でも仕事を始めて5年経って、少しずつ自分の仕事での大切にしたいことが見えてきた。

そうして今までのように、周りのやり方を否定して、自分の信じるものを貫き通そうとすると、誰かに邪魔されるなって最近気付いてきました。

誰かに邪魔されるときは、きっと「その方法は違うから、違う方向で考えてみて!」ってサインだと思う。上手く波に乗れない時は、自分の器を広げるチャンスです。

 

なので、悔しいけど方向性を変えて、他人の意図を理解出来るように努力しようと思います。

私はストレートな物言いを好むので、今の職場の男性諸君の優しい遠回しで意図が何にも分からない物言いだと、ただの非難にしか感じなくて苦しいです。「なんだと、俺のやり方が間違ってるっていうのかこのドシロウトが!」って反論したくなる気持ちが出てきて、実に苦しい。「お前らの仕事まで請け負ってられねぇんだよ!甘えんな!」ってなる。ま、ホント甘えてるんですけどねw男性のが甘ったれですね。うざい。

 

でも、きっと、今までの自分ならそれでマッチョな心持ちで「だったら成果出して認めさせてやるよ!」と過剰に体力使って無理して、で力尽きて塞ぎこむというループに入っていた気がします。でも力でゴリ押ししても何とかなってたし、その無理する中で新たなスキルも身につけられたから、それはそれで正解だったと思います。

 

表面的なことしか見えない、言語コミュニケーションの得意な男性脳の人は「こっちの気持ちを汲んでくれない冷たい人間」とレッテル貼りをして、切り捨てるような人間でした。成果を上げることで、そういう人から評価を得ることで、文句を言わせないようにしてた。きっと何か意図があるはずなのに、それを見ようとしなかった。

 

でももう今はそんなはね退けて自分をゴリ押しする元気ないわw

 

男性社会の見栄の張りあいみたいな上下関係に巻き込まれるなんてまっぴらごめん、とは思ってるけどね。

 

うーん。どこかにモヤモヤな部分があるんだよね。

どっかで引っかかってる。

この引っかかりがなかなか見えない。

これを少し掘ってみたい。

 

無理やり体力使って、燃え尽きて体調崩してってやり方ではなくて。

良い感じのツボを見つけて、それをちょっと押して、全体を変えるような。

 

何事も簡単にしていかないと、大きなことはやり遂げられない。

難しく難しくしていこうとすればするほど、状況というものはこじれていくものだから。

 

シンプルに考えよう。労力も減らそう。それは楽をするんじゃなくて、より多くのことをしていくため。

 

とりあえずまずは自分が動いてみた今日。結構気持ちいいことに気付いた。気持ちいいことは正しい方向に向かっている合図。多分。

まずは出し惜しみしてた自分を捨てることから、モヤモヤの出処を探してみようかな。

 

あっ、そっか。全力で仕事してないってのは大きいかもしれない。

全力で仕事しても、誰も認めてはくれないって拗ねてたのかもしれない。見返りがないし、自分の10分の1くらいの労力で仕事してる奴が自分より高い給料貰ってるのも、すげー悔しい。だったら自分もがんばる必要なんてないじゃんって。

自分が損してる気分になって、どんどんやる気がしぼんで、本当はできることをやらずに見て見ぬふりしてた。

 

そんな自分も嫌いで、嫌うことにも疲れて。仕事すればするほど精神が削られていたのかも。

 

気付いたこと全部やってた時のほうが疲れてなかったよね。

自分が真面目にやっても、専門的な仕事をしても、ド素人集団の中ではあんまり評価されなくて、頑張っても無駄じゃん。6割くらいの力で仕事してても、人より早く仕事終わるしいいな。だったら別に頑張らなくてもいいじゃん。どうせ給料変わらないし。社員にも女ってだけでさせて貰えないし。会社腐ってるし。理不尽で無駄な仕事させられるし。仕事出来ると、永遠に仕事増えるし。周りも仕事しなくなるし。甘えられてうざいし。

 

そうか。そう考え始めて、手を抜きまくって、なかなか動けなくなって、人並み以下になって、それで今モヤモヤしてるのかもしれない。

 

そうか。社員が焦るくらい仕事してみてもいいかもしれない。全力で動くと、ホント疲れないんだよな。そしてミスも減る。社員になってと言われたら、堂々を辞めてやりたい。とことん引き止められたい。惜しまれて辞める人になりたい。

分かってたけど、動きたくても動けなかった。一度手を抜いてしまったから。でも仕事しないやつが辞めたから、今のタイミングなら本来の状態に戻れるかもしれない。

 

ふむ。モヤモヤの原因は、手を抜く人を見て、損得勘定が働いてしまったせいかも。あとホント会社のだめっぷりを見てて、こんな会社のために貢献なんてしたくないって思うようになったりもしてた。外側だけ取り繕ってるから、外から良い会社って言われるのもすごく嫌だったから、悪い会社にしてやれって復讐心みたいなものもあったのかもしれない。

見えない敵と戦ってた?自分。

 

あえて不真面目にしてた。損したり、頑張って会社に裏切られるのが嫌だったから。傷つきたくなかった。会社に甘い汁を吸わせたくなかった。

でも最初は意図的にやってた手抜きが、だんだん無意識になっていって、その不誠実な自分への無意識下でのモヤモヤが出てきてしまったのかもしれない。

 

人の3倍働く自分の方が楽しくて、疲れなくて、気持ちがいいことをすっかり忘れるまでになっていた。会社のせいとか関係なく、全力で仕事するのがただ楽しかった。誰かに認められたり、得したり、そういう損得勘定なんてなかった。自分が楽しいから仕事してた。してたはずなのに。

 

原点に戻ればいいのか。

 

色々考えすぎた。でもそれはプロセス。一周回って、前回より皮一枚上に上ってきただけだ。

 

また自分のためだけに、自分が充実して、自分が納得する仕事をすれば良い。

それが一番周りのためになると思う。

 

ツボはここだ。

 

自分が納得するように、出し惜しみせずに、気付いた小さなことを全てやる。それで大丈夫だと思う。やってみよう。